人前でやる時に気をつけていることを書きます。

割りと普通のことが多いですが…

 

要点を先に言ってしまうとこんな感じです。

・クロースアップは背水の陣

・サロンは総体での評価

・観客はすべてを覚えていない

・シンプルなマジックは誇張される

・トータルでの面白さ

 

 

ここから広がらない気もしますが…とりあえず後は戯言みたいなものなので気楽に読んでください。

 

 

まず、マジックをする上で観客の人数が重要だと私は考えています。

 

大人数相手だと緊張する、やるネタがないみたいな話も聞きますが、個人的には一定数以上の人数がいた方が圧倒的に楽です。

 

むしろクロースアップが最も緊張します。

特にやる相手が1人の時は…

 

クロースアップは背水の陣

1人〜5人相手にやる場合、その人(たち)に受けなかったらそこで終わります。

特に1人の場合、その人に受けなかったらマジシャンとしての評価は「つまらない」で終わるということです。

 

これはパフォーマーとして「つまらない=無能」ですしね…/(^o^)\

 

幸いそんな評価をされたことはありませんが、常にその危険性を感じながらやっているので、少人数相手というのは未だに緊張感を強めに感じています。

 

逆に多人数、30人前後〜の場合は比較的楽です。

あくまで、「比較的」なのでクロースアップとはまた違った緊張感はあるとは言えクロースアップよりも悲壮感はありません。

 

基本的にサロン規模でもクロースアップでも、1人を相手にするように振る舞うのが基本だと思いますが、その上で多人数相手の場合は3割位の人に受ければ良いかな?と思っています(ぉぃ)

 

3割の人に受ければ、そのリアクションに残り人たちも釣られます。

 

その積み重ねがあり、全体的にかなり受けたように見えるので、誰かが心の中で「(あまり面白いくない…)」と思っていても、「(周りが受けているし、このマジシャンは凄いことをやっているはずだ…)」という考えが生まれるというわけです。

 

サロン以上の規模では個々人の評価ではなく総体の評価が重要

特定の人に受けなかったからと言って、他の人にも受けないとは限りませんし、逆もまた然りです。

ただクロースアップよりは受け入れられる確率が高いということです。

 

これはショー催眠でも同じで、対個人でやる際は、その人が催眠術に掛かるかどうかが非常に重要になってきますが、対団体では何人掛かるかが重要になってきます。

100人いれば1人くらいは超絶に掛かりやすい人がいる可能性がありますし、実際は4人に1人はすんなり掛かる人が居る感覚なので、10人位見ている人がいたら気持ち的には楽になります。

 

観客は全てを覚えていない

幾つかの現象を行った場合、観客はそれぞれを細部まで覚えているということはありません。

覚えているのは印象に残った部分だけです。

 

これはマジック等の現象は情報量が多い物がほとんどなので、全てを覚えて置くこが出来ません。

ミスディレクション等が多用されていると特にそういう傾向があります。

人は2つ以上のモノを同時に集中してみることが出来ないからです。

 

多少失敗したとしてもよほど酷い失敗で印象に残ってしまわない限りは問題が無いということです。

これは占いで当たっている部分だけが印象に残るのと同じですね。

 

以前に「カードに全く触らずに当ててしまった。」「触っていないのに移動した」という話を聞いて、私は誰がそんな凄いことをしたんだ…という気持ちで詳細を尋ねたら、それは私のことだったという事があります(^ρ^)

 

その人は現象の粗筋を覚えていたものの細部は全く覚えていなかったのと、私が印象に残らないようなカードの触り方をしていたせいで、そういう記憶が残ってしまったわけです。

 

こういう捏造された記憶というのはマジックを見た後には頻繁に起きます。

非マジシャンだけでなく、マジシャンでも誇張して記憶しているとうことが多々あるので、わたくしあh人伝に聞いた現象は基本的に信用しないようにしているくらいです(^ρ^)

 

繰り返しになりますが、最終的にトータルでどういう印象だったかというのが重要です。

 

 

また、誇張されて記憶されるために気をつけていることというのもありまして…

それは現象をなるべくシンプルにすること、話しすぎないことの2つです。

どちらもシンプルにするという意味にまとめることが出来ますね。

 

冗長なカードマジックは、冗長さが際立ち、観客は現象をきちんと説明できない場合があります。

誇張されるのはシンプルで、見た人がどういうことが起きたか簡潔に話せる現象です。

 

また、話しすぎないというのは、以前からちょくちょく指摘している「種も仕掛けもありません」と言うべきではないということと類似しています。

話しすぎた場合、観客がどこかで引っかかりを感じると、その印象が強くなり、最悪現象よりもその部分を誇張して記憶してしまうことがあります。

主役はあくまで現象であり、他のものは全て付属品という考え方を私はしています。

 

アンネマンも「現象が全て」言っていますねヽ(=´▽`=)ノ

 

付属品の不具合でメインがうまく機能しないのは避けたい所です。

 

 

更に、多人数相手の場合では、観客が現象に参加できるような工夫をしています。

観客側の誰かが参加することで、それが例え1人だけであったとしても、観客全体が参加したような感覚になります。

これは観客が総体として1つの体で、アシスタントはその手のようなものという感覚です(他の人はどう考えているか知りませんが…あくまで私の考えです)。

 

アシスタントの手触りは観客の手触りということです。

 

 

以上、連連とまとまりもなく書きましたが、私が考えていることの一部でした。

もちろん人によって感じ方や考え方は違うので、必ずしも私の考えが正解とは限りません。

もし参考になるようなことがあったら幸いです。

 

 

 

(JEAN)